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   私たちの研究室の主なテーマは、「幹細胞の維持メカニズムを知る」ということである。幹細胞は、それを取り巻く微小環境からのシグナルを受け、未分化性を維持している。私たちは、幹細胞のストレス応答、寿命制御、細胞内代謝に興味を持ち、研究を進めている。同時に、幹細胞制御シグナルという観点から、がん研究への展開を模索している。研究の基盤は、「幹細胞維持メカニズムは、がんの生き残り戦術、特に治療耐性と密接に関連しているのではないか」という考えである。幹細胞研究を、がんの発生・治療耐性メカニズムの解明、さらに、がん創薬を含めた治療法開発へとつげることが、研究室のねらいである。

1. 幹細胞の維持メカニズム

 幹細胞とは、各組織あるいは細胞の源となる細胞であり、多系統の細胞に分化する多分化能と幹細胞を再び作る自己複製能を持つ細胞と定義される細胞である。それぞれの組織においては、常に幹細胞から新しい細胞の供給を受けることによって、細胞の置き換わりが起こり、組織としての機能を維持することができる。幹細胞の最も重要なミッションは、長期的な組織恒常性の維持である。幹細胞が個体の一生という長期にわたり、細胞の供給源として機能するためには、幹細胞特有の特殊な制御が存在していると考えられる。細胞周期制御はそのひとつである。造血幹細胞は、そのほとんどが細胞周期から逸脱したG0期で存在している。通常は静止状態を保ちつつ、時に刺激に反応して分裂を開始する。このように、通常はできるだけ細胞分裂を止め、機能を維持しながら、必要に応じて分化細胞を供給していくためには繊細なバランスを必要とする。G0期の造血幹細胞は、放射線照射や抗癌剤に抵抗性を示すことから、細胞周期制御はストレス応答とも深く関係していると考えられる(図1)。私たちは、これらの幹細胞機能維持機構において、酸素、糖、アミノ酸、ATP、成長因子など、細胞内代謝を変動させる様々な因子やそのシグナル経路の重要性に注目している。

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1) 幹細胞と寿命制御

私たちは、造血幹細胞の骨髄における動態や制御機構を解析することを通じて、幹細胞の自己複製機構と老化・寿命の制御機構が共通の側面をもっているのではないかと考えるようになった。成体の造血幹細胞は、発生・発達期のように増殖中心ではなく、できるだけ細胞分裂を止め、機能を維持しようとする。これは、"モノが出来上がるシステム"と対照的に"モノを壊さないようにするシステム"と捉えられるかもしれない。このような観点から、寿命に関与する分子と幹細胞の機能の関係を明らかにしたいと考えている。寿命を司る分子あるいはシグナルは、線虫やショウジョウバエを使った遺伝学的手法によって明らかになりつつある。その中で、私たちが着目しているのは、栄養センサーシグナルである (図2)。カロリー制限は、哺乳類を含めた多くの生物種において、寿命を延長させることが知られているが、この現象には、mTOR経路、FOXO経路を含む栄養センサーシグナルが関与している。これらの分子は、糖、アミノ酸、成長因子を含む各種栄養物質からのシグナルにより活性制御を受け、細胞内代謝調節を含む多岐に亘る経路を介し、生体内恒常性を規定している。

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2) mTORC1活性低下と幹細胞性の維持

 mTORは、Raptor、mLST8/GbL, PRAS40などからなるmTOR複合体1(mTORC1)とRictor, mLST8, SIN1, ProtorからなるmTOR複合体2(mTORC2)を構成するセリンスレオニンキナーゼである。インスリン・成長因子-PI3K-AKT経路の活性化は、TSC2のリン酸化を誘導し、TSC複合体を不活化し、その標的であるRhebの活性化を通して、mTORC1の活性化を促す。また、Ragを介したアミノ酸による活性化、LKB1-AMPK経路による活性抑制など、様々な栄養シグナルのセンサーとして機能している。mTORC1の標的としてのリン酸化蛋白は数多く報告されている。例えば、4E-BPは蛋白翻訳を促し、S6Kは、リボソームの生合成を促進することによって、細胞成長(細胞の大きさ)を制御する。また、mTORC1は、蛋白合成の促進だけではなく、解糖系などの糖代謝、脂質代謝、ペントースリン酸回路、オートファジー制御やミトコンドリアの代謝制御に関わることも報告されている。

 静止期造血幹細胞では、mTORC1活性は顕著に抑制されており、mTORC1活性の異常な上昇は、造血幹細胞の細胞分裂の亢進、ミトコンドリア活性の亢進、活性酸素レベルの異常な上昇を介して幹細胞機能を破たんさせる原因となる。また、mTORC1阻害剤Rapamycin投与やカロリー制限よるmTORC1の低下は、マウス個体の寿命を延長するが、同時に幹細胞あるいはニッチに影響を与え、幹細胞の機能や数を変動させるということも報告されるようになった。私たちは、寿命制御という観点から、mTORC1活性制御と幹細胞の関連を明らかしたいと考えている。

 

3) FOXO 活性化と幹細胞維持

 FOXOは、DNA結合ドメインForkhead box(FOX)を持つForkheadファミリーのサブグループ"O"に属する転写因子である。線虫やショウジョウバエでは、栄養飢餓時に活性化し、寿命の延長表現型の重要な鍵分子である。FOXOは、PI3K-AKTシグナルが活性化すると、AKTによって直接的にリン酸化を受け、FOXOの核外移行を促進することでその転写活性は抑制される。反対に、PI3K-AKTの抑制は、FOXOの活性化を促し、多くの遺伝子の発現誘導を介して、ストレス応答、代謝制御、細胞周期、アポトーシス、DNA修復などへの関与が示されている。

 私たちを含む複数の研究グループが、FOXO遺伝子が、造血幹細胞の制御に深くかかわっていることを見出した。静止期造血幹細胞では、FOXOは核内に局在していること、一方、前駆細胞に分化すると核外に移動することから、FOXOの挙動と未分化状態の関連が推察された。私たちは、FOXO3a欠損マウスの解析によって、この分子が造血幹細胞の骨髄再構築能、G0期維持、ストレス抵抗性に必須であることを示した(Miyamoto K, et.al. Cell Stem Cell. 1:101-112, 2007)。同様の結果は、Ghaffari らのグループからも報告されている(J Biol Chem 283:25692-25705, 2008)。一方、Gilliland らのグループは、FOXO1,3,4のトリプルコンディショナルノックアウトマウスの造血組織の解析により、単独の欠損に比べ、造血幹細胞、前駆細胞を含む未分化な細胞集団の著しい減少をきたすことを報告している(Cell 128:325-339, 2007)。これらの表現型は、抗酸化剤投与によって回復することから、活性酸素の上昇が造血幹細胞異常の原因であることが判明した。FOXOの転写因子としての直接の標的遺伝子としては、SOD2やカタラーゼなどの抗酸化酵素や細胞周期抑制因子(p57,p27)。これら一連の研究により、骨髄中のG0期の造血幹細胞におけるFOXOの活性化は、活性酸素レベルを低く保つことに重要であり、幹細胞の維持に必須の役割を果たしていることが明らかとなった(図3)。

さらに、FOXOファミリーは、神経幹細胞の維持にも必須であることが報告されている。FOXO欠損神経幹細胞では、多くの標的分子の変動が観察されている。例えば、p27、p57などの負の細胞周期制御分子、活性酸素や低酸素応答分子、Pdk1のような糖代謝分子などが含まれる。また、いくつかのWnt経路に関する分子の発現が抑制されており、Wntの神経幹細胞維持機能の低下も原因のひとつではないかと考えられている。さらに、最近、FOXO1がヒトES細胞における未分化性維持にも重要な役割があることも報告され、FOXOファミリーは、幅広い幹細胞制御因子として注目されるようになった。

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2.がんの治療耐性と幹細胞制御

 特定の分子を標的としたがん治療薬、いわゆる分子標的薬が次々と開発され、医療の現場に登場している。慢性骨髄性白血病に対するイマチニブや肺がんに対するゲフィチニブなど臨床的に顕著な効果を挙げる成功例も示され、世界中の研究者ががん分子標的治療薬剤の開発に取り組んでいる。適切な分子標的の探索や治療に対する抵抗メカニズムの理解とその克服は、極めて重要な研究課題である。私たちはこの問題に対して、幹細胞制御という観点から取り組みたいと考えている。

1) mTORシグナルとがん幹細胞

mTOR阻害剤Rapamycinは、FK506 binding protein 12 (FKBP12)と結合し、この複合体がmTORと結合することによって、mTORC1機能を阻害する。多くのがん細胞において、Rapamycinによる増殖抑制効果が示され、抗がん剤としての有用性が期待されている。細胞増殖抑制効果以外にも、がん組織中の血管内皮増殖、血管新生、血管透過性に対する抑制作用も加わり、抗腫瘍効果を発揮すると考えられている。Rapamycin誘導体として、TemsiolimusやEverolimusが開発され、腎細胞がんや進行性膵内分泌腫瘍(pNET)での臨床的有効性が確認された。その他、リンパ腫、乳がんなどを含む多くのがん種での臨床治験が行われている。一方で、がん種によっては、mTORC1阻害剤の薬剤効果が十分ではないというデータも数多く報告されている。

 私たちは、がんにおけるmTORの役割を調べるために、薬剤(tamoxifen)誘導性Raptor欠損マウスを作成し、白血病モデルで解析を行った。その結果、Raptor欠損によりmTORC1の活性が抑制された状態では、白血病細胞全体としてはその増殖、生存が著しく障害され、個体レベルでの白血病の発症は顕著に抑制されていた。一方、一部の白血病細胞集団はmTORC1非依存的に長期的に生存していることが判明した。それらの集団は、これまでに実験的に検証されているLeukemia-initiating cell (LIC:一般的には白血病幹細胞と呼ばれる)と同様のマーカーを発現していること、Raptor遺伝子を再導入することにより、コントロールと同様の白血病形質に戻ることを観察した(Hoshii T, et al. J Clin Invest. 122:2114-29, 2012)(図4)。これらの結果から、白血病幹細胞は、それ以外の白血病細胞と比較してmTORシグナルへの依存度が異なることが判明し、白血病幹細胞特有の細胞内代謝状態が存在することが示唆された。この白血病幹細胞制御の詳細を解明することにより、mTOR阻害剤耐性の克服など、がんの根治に向けた新規治療法開発に貢献するものと考えている。

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2) FOXOとがん治療耐性

 FOXOは、以前より、アポトーシスを誘導するpro-apoptotic tumor suppressorとして機能していると考えられてきた。実際、FOXOファミリーのトリプルノックアウトでは、様々な腫瘍が発生することが知られている。しかし、最近、FOXOは細胞の状態、種類によって、その機能を変化させることが知られるようになった。例えば、腫瘍細胞では、腫瘍性の維持(白血病幹細胞維持)、悪性形質の促進因子(薬剤耐性、転移誘導因子)という、一見、tumor suppressorとは反対の機能(パラドックス)を有することが判明しつつある(後述)。このことは、FOXOの活性制御や標的分子は、正常組織とがん組織で異なることを意味し、正常と悪性組織での機能スイッチを明らかにすることによって悪性化を断ち切る治療ウインドウを見出すことが可能となると考えられる。

慢性骨髄性白血病の原因は、相互転座の結果生じるフィラデルフィア(Ph)染色体とそれに伴うBCR-ABL1融合遺伝子の出現である。BCR-ABL1蛋白は、恒常的チロシンキナーゼ活性を有し、様々な下流分子を活性化し白血病化の起因となる。治療法としてBCR-ABL1チロシンキナーゼを選択的に阻害する治療薬イマチニブが開発され、従来の治療法と比べ顕著な治療効果が実証された。最近、チロシンキナーゼ阻害剤により白血病幹細胞におけるBCR-ABL1が不活性化状態になっても白血病幹細胞は生存でき、再発の原因となることが示された。興味深いことに、BCR-ABL1不活性化状態の白血病幹細胞は、正常幹細胞のように振る舞い、自己複製していると考えられた。このように、慢性骨髄性白血病幹細胞は、造血幹細胞と類似していることから、私たちは、慢性骨髄性白血病幹細胞維持および治療抵抗性におけるFOXOの役割を解析した。マウス慢性骨髄性白血病モデルにおいて、白血病幹細胞集団(LIC)では、白血病前駆細胞とは対照的に、AKTの活性が低下していることを観察した。それに伴い、FOXOの核局在を示す細胞が多数観察された。さらに、FOXO3a欠損は、イマチニブによる治療効果の向上がみられ、本分子が白血病幹細胞の治療抵抗性に寄与していることを明らかにした(Naka K, et al. Nature 463:676-80, 2010)(図5)。この結果は、pro-apoptotic tumor suppressorとして知られるFOXOが、腫瘍組織においてはその幹細胞性維持に寄与しているという点で、パラドックス的な現象であり、本分子の多面性を示した知見である。

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私たちの研究に引き続き、FOXOの腫瘍組織における役割に関して、次々と研究成果が報告されている。Scaddenのグループは、急性骨髄性白血病において、マウスモデル、患者由来サンプル、白血病細胞株を用い、FOXO分子が白血病幹細胞の分化抑制に寄与していることを報告している(Cell 2011, 146:697-708)。興味深いことに、多数のヒト急性骨髄性白血病サンプルを用いた遺伝子発現解析により、FOXOの下流分子の発現が上昇している群(FOXO活性化群)は、FOXO活性化群に対し、予後不良であるということも報告しており、臨床的にもこの分子の挙動が白血病の病態に影響していることが示された。さらに、乳がんなどでは、PI3K-AKT経路を阻害する分子標的薬剤治療の耐性機構にFOXO活性化が寄与していること、大腸がんではbeta-cateninとの協調作用によるFOXOの転移誘導活性が発揮されるなど、本分子が悪性化メカニズムに深く関与していることが示されている。このようなFOXOの複雑ではあるが重要な機能を解明することにより、治療耐性克服のための新たな治療開発のヒントを得られることが期待される。